2015年10月30日金曜日

上・旧・下

タイトルだけでぴーんと来られた方もいらっしゃると思います。

JR北海道の、上白滝、旧白滝、下白滝駅が廃止になることが発表されました。
いずれも駅マニア垂涎の秘境駅であり、木造駅舎も残るとても美しい駅たちです。

いてもたってもいられずに、行ってきちゃいました。

上白滝駅





 一日に上下一本ずつしか止まりません。

旧白滝駅






 元仮乗降場ですので駅舎と呼べるものはありませんが、立派な木造の待合室があります。
すぐ脇の踏切の名前は「墓地」。集落は無くなっても、お墓参りの人たちが利用していたのかもしれないですね。

下白滝駅





駅から国道までの道。ここはね、ちょっとおっかない犬が何頭も放し飼いされていますので、訪問の際はどうかお気をつけください。

奥白滝信号所


 こちらはすでに廃止となった奥白滝駅跡の信号所です。入り口が塞がれた駅舎は、ペンキを新しく塗られたようで補修されて使われています。

おまけ
旧白滝出入り口跡。これは高規格道路と一般道のいわゆるICの跡地。
そのくらい人家がまったくなくなってしまった場所にあります。
ずっと原野だったわけではなく、一時は多くの人々が暮らしていた地域です。学校跡の記念碑などもありました。えっ、こんな何も無いところに? と思いましたがかつては集落もあったのでしょうね。

北海道の廃止予定駅は他にも行きましたので、エントリをわけて、続きます。

2015年9月9日水曜日

追想 仙台ハイランド

消えていくもの、に、強く惹かれます。今しか見られない光景が好きです。なるべく写真をたくさん撮っておきたいと思います。それも些細なものを。あまり人が目を向けないようなものを。

2015年8月末で閉園してしまった、宮城県仙台市の仙台ハイランドに閉園前に行くことができました。そのときの写真を、あんまり説明とかせずに、らららと並べてみたいと思います。ららら。

国道から見える看板。楽しそう。

あまりよくない道を抜けると現れます。

私より若いんだなあ。

 マスコットキャラ。

もうゼロになってしまいました。

 かつてはリフトもあったようです。

 ひと気がありませんが営業中です。営業していないアトラクションもいくつかありましたが境界線がイマイチよくわからないくらいには閑散としていました。ジェットコースターは震災以降未稼働です。


開業当初は「西仙台ハイランド」という名称でした。一足先に廃駅となった仙山線の駅もそんな名称でしたね。

 ゲームコーナーです。

 スペハリ発見。


お? ジバニャン。景品だけはそれなりに新しいものが入ってたんですね。

国道にあった看板にもいましたね。プロレスラーのようですが、タコなの?

 豆汽車。割と本格的。




さて、かつてはコンサートなども行われたであろうホールに入ってみます。




 新製品ですよ。

 ポコにゃん!!

レトロゲーム好きな私、大歓喜ですよ。
そういえば私、かつて、Continueって雑誌で温泉レトロゲーム探訪記事を書いてたのでした(別名義ですが)。
今でももちろんレトロゲーム大好きです。

 これもアミューズメントですね。



 縦バンジーだとか横バンジーだとか。

 かつてはサーキットも奥にありました。

さて、収集すべき紙ものですが、
これが入園券。

これがのりもの券。なかなか美しい常備券でした。

記念スタンプと呼べるものはありませんでしたが、職員の方は親切にも業務などに使っているスタンプを記念にどうぞと押させてくださいました。

おみやげとして、メタルしおりを買ってみました。


もうなくなることがわかっているところを辞するときが一番しんどいです。自分の意思でもう二度と来られないところを離れなくてはいけないのです。
心を鬼ではなく無にして、すっと外に出ました。フォトジェニックな観覧車がとても印象的でした。

2015年8月10日月曜日

渡船場(跡)さんぽ

地味な交通機関が好きです。そして、そんな交通機関がかつてあった跡地に立ち、思いをはせるのも好きです。

そんな超地味な跡地の碑をちょっと並べてみようと思います。しかも千葉の印旛沼周辺だけというさらにローカルさマシマシで。

きっかけはこの碑でした。
印西市から佐倉市へ向かう道沿いに立っている黒光りする立派な記念碑。かつて通勤で毎日のように通っていたのですが、当時は気にもとめていませんでした……。
それがいつの間に、あれってなんだろう? もしかして……、うわやっぱり渡船場跡だった! みたいに変化していきました。私の視点が変わっただけなのですけれど。

調べ始めると、かつて印旛沼周辺には数多くの渡船があったことがわかってきました。
少し離れますが、こんなのもありました。
これはどちらかというと記念碑がマイナーで、よく知られているのはこちらのバス停のほうかもしれません。
すでに「渡し」が無いことは重々承知だったのですが、まだこんな呼び名が生きているのですね。

さて、おもしろくなってきました。図書館で見つけた「いんざい再発見」という本に気になる記述を発見しました。旧印旛村地区に標識が残っている渡船場跡が8箇所あるというのです。
ならば、めぐってみよう! と思ったのですが、車を置ける場所が無かったり、どう見ても個人のお宅の庭じゃないかなここ……みたいなところもあったりで、いくつかは見つけられていません。
とりあえず、発見したところだけ、以下にどん。

鎌苅

瀬戸大川岸

平賀浅間

もう完全に文字が消えちゃってつるつるですが、たぶん、平賀新福寺

平賀花島

あと、吉田、岩戸、師戸が未訪問未発見です。区画整理などで無くなっちゃってる可能性もありそうです。
いずれも碑の背景を見ても、沼の水が見えません。大規模な埋立があったのですね。さっきは「思いをはせるのです」とかかっこいいこと言ってますが、正直水の見えないところで渡船を想像するのはなかなか難しいです。だからこそよくぞこうした記念碑を立ててくださった! と思うわけですけれど。

現役の渡船も追いかけたりしていますが、いくつかは私がめぐりはじめてから廃止となりました。線路と違って簡単な桟橋があるだけですので、すぐに跡形もなくなります。せめてにおいがあるうちに写真に残しておきたいなあと思うのです。